継子を可愛そうな子にしない。

私の夫の前妻は継子が赤ちゃんだった頃、継子を置いて家を出たそうです。そして、離婚となりましたが、継子の事は引き取らなかったそうです。

そして継子は実母がいなくなったあと、夫と一緒に夫の実家へ行き、そこで育てられました。

継子は夫の母(継子にとっては祖母)からは溢れんばかりの愛情を注がれて育ちました。

夫の母は体が弱いため、育児が思うようにできず、いろんな人の手を借りて、継子を育てました。お金も相当かかったそうです。けれど、継子は何不自由なく育ててもらっていました。

私は何度かブログで「実の母親の愛情」にふれています。

継子は祖母の愛情は知っていますが、実の母の愛情は知らないと思います。

義母(継子にとっての祖母)は「私はこの子の母親と同じ。母親として育ててきた」と私に何度も言ってきました。だけど、私は祖母は祖母なのだと思っています。母親と同じ愛情を、と思っているのだろうけど、やはり違うのではないかと思います。

実際、義母の子育ては、祖父母にありがちな、かなり躾のできていない育て方でした。そしてかなり過保護で、継子のいう事は我慢させずに叶える…というちょっと特殊な育て方をしていたように私には見えました。

人を傷つける事は絶対にいけない、という事や、噓をついたり物を盗ったりしてはいけないという事など…継子は誰にも本気で叱られることなく育っていたので、いい事といけない事を理解していませんでした。(一緒に暮らし始めのころ…本当に本当に大変でした)

夫も、「自分の子供のころの母の様子とは違うから、母はああ言っているけど、おばあちゃんなんだよ。おばあちゃんとしてしか育てられないんだよ」と言っていました。

だけど、義母は継子の事を本気で大切に思っていたと思うし、愛情を注いで育てただろうと思います。祖母の深い愛情を注いでいたことは間違いないと私は思っています。

継子は実の母親の愛情を知りません。

そして父親が再婚し、私が母親となったわけですが、私の事を「ママ」と呼びますが、私が実の母親でないことも、もちろん理解しています。そして私からも実の母と同じだけの愛情をもらうことなく育っています。

現在の日本において、シングルファザーよりもシングルマザーの方が圧倒的に多いと思います。だからなのかは分かりませんが、継子は他人から「かわいそうな子」と見られることが多いなと再婚してから感じるようになりました。

「母親のいない子供」というのは、とてもかわいそうな子だと周りの人は思うようです。

逆に私の実子は「父親のいない子供」でしたが(父親との付き合いはありましたが)、「可愛そうな子」だと周りに思われていたとはあまり感じませんでした。

義母は「不憫な子、かわいそうな子」として継子を育てていたようですし、夫も同じような気持ちでいたそうです。継子に対して「母親のいない子にしてしまった」引け目を感じていたそうです。

確かに継子は「かわいそうな子」なのかもしれません。母親が自分の子供に持つ愛情というものは、本当に大きなものであると感じます。それを赤ちゃんの時に失ってしまったという事は本人は何もわかっていないでしょうが、とても悲しい事実ではないかと思います。

父親には父親の愛というものが存在すると思いますし、祖母には祖母の愛が存在すると思います。でも、母親の愛情とはまた違うものであると思うんです。

言葉にできないけれど、私は母として子供の事が心の底から愛おしく、かけがえのない存在です。そして自分の命にかえても守りたい存在です。大人になるまでの間に、人生に希望を持って自分の力で歩いていけるように育てていきたい存在です。

そう思うとやはり、継子は「かわいそうな子」なのかもしれないと思います。

だけど、継子は「かわいそうな子」として育てられたことで、大きな弊害があったことは事実だと思います。

父親である夫は継子に対してほとんど躾をしていませんでした。

祖母である義母も同じです。祖母は体が悪いため、子育てがほとんどできず、親戚のおじさんに家に来てもらったり、ファミリーサポートの方に来てもらい、子育てをしていました。ファミリーサポートの方は毎日来ていたそうです。夫は仕事が忙しく、家に帰るのは子供が寝た後でしたし、土日も仕事の事が多かったようです。

継子に対して、誰もちゃんと物事の良し悪しを教えてあげていませんでした。

ご飯を食べさせ、身の回りのお世話をすれば、子供は育ちます。そして愛情もふんだんにあったでしょう。

でも、どんなことがだめなのか教えてあげてなかったし、我慢する事も教えていませんでした。

泣きわめいて暴れれば、欲求をかなえてあげていたようです。ほしいものも、我慢させずに買ってやり、食べたいものや飲みたいものも欲しいだけあげ、タブレットで見たい動画を深夜まで見せていました。なぜそんな事をしていたのかというと、「母親がいないこの子は不憫」だと思っていたそうです。だから、うんと甘やかしていたそうです。

義母も本当に久しぶりの子育てだったから、もういろんな事を忘れていたのだと思います。

継子は叱られること、我慢することが極端に苦手です。そして、一番驚いたのは、継子はとても攻撃的で、手加減せずに血が出るまで相手にかみついたり、怒って唾を吐いたり、物を壊したり、お店のものを盗ったりしました。書くともっともっとあります。これが躾ができていないからなのか、本人の持って生まれた特性なのかは分かりません。

正直、一緒に暮らし始めたころ、驚きと戸惑いと、何ともいえない不安感が押し寄せました。それと同時に、この子は躾をされていなくて、とてもかわいそうだと思うようになりました。

継子に躾がされていない、という事実は「母親がいない」故に起こる事なのではないかとも思いました。(もちろん、母親がいなくてもちゃんと躾をしている家庭も多いと思います。)

そして、かわいそうだ、不憫だと思われた結果なのだと思いました。

でも、どうしても継子は「かわいそうな子」と見られがちです。

継母に育てられてかわいそうな子…。きっとそんな風に思う人もいると思いますし、私は露骨に態度や言葉に出されたこともあります。もっとひどい事をされた事もあります。

きっと「かわいそうな子」とセットで「継母から愛情を注がれていない子」と思われてしまうのだと思います。そしてより「かわいそうな子」と思われるのでしょう。

私はひとつ腑に落ちないことがあります。

継子は確かに母親がいなくて「かわいそうな子」なのかもしれません。実の母親の愛情を注がれずに育つのだから、かわいそうなのかもしれません。

でもそれって…継母のせいではないですよね?

継子を引き取らなかった実母が行った選択の結果ではないでしょうか…。

それなのに、「かわいそうな子」にさせているのは、まるで継母の責任といったような言葉を時々ネットでも見かけますし、私は実際に露骨に態度や言葉に出されたことがあります。そして、とても傷つきました。私なりに一生懸命子育てをしていたので、それを否定される言葉に心から傷つきました。

「かわいそうな子」になった矛先は実父に向かうでもなく、実母に向かうでもなく、なぜか継母に向かう…これって、よくある事のひとつなのではないかと思います。

さて、「かわいそうな子」の継子についてですが、私は「かわいそうな子」だと思う事もありますが、極力思わないようにしています。

そのかわり、私が思う事は、この子には人生のハンディキャップがあるのだと思っています。

この子は赤ちゃんの頃に実母を失った。そして実母からの愛情はもう一生もらう事はなく育つ。きっと人生において、それがハンディキャップとなるだろうと思うのです。

私はいろいろな人にハンディキャップは存在すると思っています。

いわゆる「普通」の家庭で「普通」のお母さんに育てられる人もいると思いますが、そうじゃない人もいます。

学ぶことの大切さを教えてもらえない家庭で育った人もいます。

貧しくて、勉強をしたくても断念せざるをえなかった人もいると思います。

実の親なのに、ちゃんとした愛情をもらえなかった人もいると思います。

機能不全な家庭で育った人もいると思います。

それら全て、人生のハンディキャップなのではないかと思っています。きっと、多くの人が思う「普通」から逸脱している、あまり幸せそうな家庭ではない人は、きっと人よりも人生で苦労が多かったり、辛い経験が多いと思うんです。

大人になった後でも、きっと、何かのきっかけでつまずいたりしやすかったり、つまずいた時に良い知恵を授けてくれる人が周りにいなかったりすることも多いと思います。

だから、大人になって、何か問題を抱えている人は周りから「自己責任」と責められがちだけど、私はその人だけの責任だとは思えないんです。

そして、そんな人生のハンディキャップを背負っている人は意外と、とても多いと思います。

そんなハンディキャップがあっても、前を向いて一生懸命生きている人や努力をして夢をかなえたり、こうありたいという事を実現させている人も多いと思うんです。

しかも、ハンディキャップから学び、成長している人も多いと思います。

だから、ハンディキャップがあるからと、必要以上に悲観することはないとも思います。

人生は長いから、何がどんなふうになるかって分からないと思うんです。

ハンディキャップがあるために、人生が暗く辛いものになっている人も多いとも思いますし、それが現実にある事も分かります。

でも、ハンディを背負う時点で苦しく辛いのに、そのハンディにずっと縛られ続けるのって理不尽でもっと苦しくて、そして悔しいと私は思うんです。

私は継子には実母がいませんが、「特別可哀そうな子」とは思わないようにしています。

可愛そうな子として育てるほうがよっぽどかわいそうな子になると思うからです。

きっと、継子には実母がいないことで、これからの人生の中で何かを感じたり苦しんだりすることがあると思います。

でも、自分の事を特別可哀そうな人間だと思ってほしくありません。

私の実子2人も、きっと父親がどんな事をしたのか、大人になって悟り、傷つき苦しむ日がくるのではないかと思っています。でも、かわいそうな人間だと思ってほしくありません。

ハンディがあっても、恵まれていたことに光を当てて人生を見つめてほしいです。

私は継母として継子に接する事しかできないし、夫も継父としてしか継子に接することはできません。その事がいつか子供たちの人生のハンディになるのかもしれないけど、乗り越えられる強さや、自分を信じられる強さを身に着けてほしいと思います。

そのためには私たち夫婦が自分なりに子供にしっかり向き合って、愛情のある家庭を作る努力をしないといけないのだと思います。

子供たちがこれからの人生で辛い…と思っても、でも子供のころよく笑っていたよな、とか、ご飯をみんなで美味しく食べていたよなとか。花火をしたよな、パパもママも笑顔だったなとか、絵が上手に描けたらほめてくれたよなとか。そんな日常の当たり前の事を思い出してほしいと思います。

私は平凡だけど、あたたかい日常を夫婦で作っていきたいです。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする