再婚後の前夫との関係。②~育児は1人でするものではない~

再婚後の前夫との関係。①からの続きです。

前回、「元義母さんに対して、子供たちが病気になった時に助けてもらったことに深く感謝はしているが、当たり前だと思っている」という事を書きました。

親権は母親である私にあります。だから、私が責任を持って養育していきます。

しかし、元夫や元義父母は全然関係なくなるのでしょうか?

自分たちが気が向いた時だけ、子供たちに会えばいいのでしょうか?

「俺は子供の面倒を見てやっているじゃないか」

と、離婚前に前夫が言っていた言葉です。この言葉と似た言葉に、

「俺は家事を手伝ってやっている」という言葉があります。

この、「~してやっている」って何なのでしょうか?

これは、完全に家事や育児は女性がするものだと決めつけている言葉だと感じます。女性の仕事だけれど、「俺がしてやっている」のです。

私は上の子を出産したとき、初めての育児でいつも不安でした。おっぱいの量は足りているのか?便秘していないか?この泣き方はおかしくないか?

全然分からなかったのです。不安でたまりませんでした。息がいきなり止まったりしないだろうか?など、本気で思っていたものです。

この不安な気持ちの根底にあるのは、「この子の命は全て私にかかっている」という強い感情からでした。

前夫はよく言っていました。

「男は外で働くもの。女は家事と育児をするもの。それが物事の本質」

彼は男尊女卑の家庭で育っていました。元義父は、「家庭の中で女が力を持ったら、そこで生活する子供に悪影響が出る。子供の心が壊れてしまう」と繰り返し言っていました。

私は真面目な性格なので、その言葉に疑問はありましたが、「そういうものなのかもしれない」と納得し、子供の心が壊れないように頑張ろうと思っていました。

私は初めての出産は難産で多量出血を起こしていました。輸血こそしませんでしたが、結構な量出血しており、退院後に階段を昇るのでさえ息切れを起こしていました。ベッドに腰掛けると背もたれがないと思いますが、そこへ腰かけることでさえしんどかったのです。

そんな状態でしたが、前夫に「沐浴は母親がしないと赤ちゃんの心が不安になり、心が壊れるかもしれない」と言われ、私は一人で沐浴を行いました。

沐浴していると本当に気分が悪くなるんです。そりゃそうですよね、極度の貧血なんですから。ベッドに腰掛けるのも辛い人が、沐浴という重労働をするなんてどうかしていると今ならわかります。

「しんどいから、沐浴を変わってほしい。本当にしんどい」と何度も伝えても一度も変わってくれませんでした。この時、真っ白な顔で沐浴をしている写真が今でも残っています。

(一度、腕の力が入らなくて、赤ちゃんの顔が湯船につかった事がありました。それくらい体は限界でした。今考えると、私に沐浴するだけの体力は残っていなかったのです。)

産後、私が感じた「この子の命は全て私にかかっている」というものですが、こんな風に母親が感じるのは自然なことだと思います。

きっと本能の部分で、子供を自分が守ろうとするのではないかと思うのです。

だけど、子供は母親だけが守るのではありません。

子供は誕生した時から成長するまでの間、周りの家族から守られ、支えられるべき存在なのだと私は思っています。

だって、子育って現実的に1人でできないですから。絶対に無理が生じますから。

そして、この「子供を守り、支える」という方法は直接子供を助けることはもちろんのこと、育児中の母親を支えることとイコールだと私は考えています。

どんなに信念がある人でも、疲れていたり弱っていたら、本来の自分ではいられなくなると思います。だって、風邪をひいて高熱が出ているのに、いつもと変わらない自分でいられる人っていないですよね?

子育てをしている母親が弱っていると、子育てに影響を及ぼすことは一目瞭然ではないかと思うのです。

子育ては母親一人がするものではないと私は考えています。たとえ、専業主婦だったとしてもです

だから、私は、実家の母親や前夫や元義母が育児のサポートをしてくれることに感謝はしていますが、当たり前だとも思っています。(でも、これを露骨に見せることは、お互いの関係性を悪いものにするので、見せることはNGだと思っています。私は当たり前だと思っていても感謝の気持ちを忘れてはならないと思っています。)

だって、子供って私の所有物ではないのです。

誰の所有物でもなく、多くの大人の支えや社会の支え等によって育っていくものだし、守られるべき存在だと思うのです。

だから、私の事が腹が立つからと言って、「子供と縁を切る。子供と会わない」と言い出した前夫と元義母さんに対して強い怒りがわきました。

そもそも子供たちと会ったり、サポートをすることは「私だけを」助けていると思っているのだと思います。これは育児は母親が全てすることが当たり前だと思っているから、このような考えになるのだと思うのです。

いやいや、前夫も元義父母も子供たちの父であり祖父母であるのです。例え離婚したとしても変わらない事実です。(もちろん、親権をとっている私が1番の責任を持って養育者として育てるのは当たり前の事ですが)

子供たちに気分次第で会うのはおかしいのではないかと思います。特に前夫には強く感じます。

そして、離婚後、前夫と元義母さんに多くの助けをしてもらっていましたが、この大きな事件をきっかけに、疎遠になってしまいました。

しばらく、子供たちはお父さんやおじいちゃんおばあちゃんに会えなくなりました。

私がもっと辛抱していれば、子供たちに悲しい思いをさせなくてすんだので、もっとうまく立ち回ればよかったのだと後悔しました。

何を話しても無駄な人に怒ったり、言い返しても、何の意味もないのです。そして、何もいいことにはならないとこの時感じました。

向こうは自分たちが正しいと思い込んでいるのです。これはどんなに話し合いをしても覆らないでしょう。

だったら、ぺこぺこ頭を下げていれば良かったと今なら思えます。

私が正しいと思う事は心の中で留めておけばそれでよかったのだと思うのです。だって、永遠に分かり合えないのだから。だから離婚したのですから。

それが私のできる子供たちの守り方だったのではないかと今なら思います。

きっと、シングルマザーの人の多くはどんなに理不尽だと感じても、子供のために頭を下げて、いろんなことに耐えているのではないかと思います。
もしそうだとしたなら、自分を思いっきりほめてあげてください。
あなたは本当に聡明で立派です。

なんだかんだで遠回りして、ごめんなさい。長くなったので、

再婚後の前夫との関係。③に続きます。

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