再婚後に子供を作らないという選択について。

時々、ネットを見ていると、再婚後に子供を作る人に対して批判的な書き込みがあるのを目にすることがあります。

ご存知の方も多いと思いますが、再婚家庭の事はステップファミリーといいます。そしてステップファミリーの夫婦から生まれる子供をセメントベビーといいます。

我が家の一番下の子供はセメントベビーにあたります。家族の中で唯一、家族のだれもと血縁関係を持っています。

我が家は、結婚をする時に親族に反対されました。特に夫の母にものすごく反対されました。

その理由は、私に2人の子供がすでにいるため、夫の子(継子)に愛情を注げるはずがないという考えでした。

この考え方、本当自分本位でびっくりします。だって、夫にも子供がいるんですよ?

(お互いが子持ちなのに、何を言っているんだろうと当時の私は憤慨したものです。)

なぜに母親だけに、母親的役割を当然のごとく求めるのでしょうか?

しかも、これだけではありませんでした。義母さんのお願いはこうです。

結婚してもいいけど、新しい子供は作らないでね!

という願いです・・・・・・・・・・。…???(‘_’)チーン。

その理由は、新しい子供ができたら、孫(私にとって継子)がさみしい思いをするから。

孫に手をかけなくなるだろうから。

といった理由でした。

私の子供2人の事は義母さんにとってはどうでもいいようで…とにかく孫、自分の孫を中心にすべてを考えてほしいようでした。

義母さんが求める息子の再婚相手の条件もこの時に言っていました。

・自分と同居してくれること

・新しく子供を作らない

・子供がいない女性

ふふふ。笑えます。

でも、こんな風に自分勝手な事を思い、それが継子のためになると本気で信じているお馬鹿さんもいる事は確かです。

私はそのすべてを満たしていません。満たす必要は全くないと考えております。

そもそも、息子を愛しているなら、ずっと独り身よりもちゃんと結婚して、独立して幸せな家庭を築く事を親なら望むのではと私は思うのですが。

いつか親は年を取ります。息子のサポートも孫のサポートもいつかできなくなるでしょう。(義母さんはすでに年でしたし、体が弱く、サポートはできていなかった…)

その時に一番大変な思いをするのは、息子と孫です。

さて、義母さんの話から、元の話に戻します。

再婚後に子供を作る事に批判的な人の意見は、だいたい同じものです。以下、書きます。

・継母にあたる母親がセメントベビーが可愛くなってしまい、継子に愛情を注がなくなる恐れ。またその逆もあり、継父が継子に愛情を注がなくなる恐れ。

・セメントベビーが産まれることで、もともといた子供がさみしい思いをする恐れ

・子供が多くなると、子供一人一人に愛情を注いだり、時間的なサポートができなくなる恐れ

・子供が年頃(思春期)のため、傷つけるのではないかという恐れ

こんな感じではないでしょうか。まとめると、継子が産まれることで、元々いる子供たちが辛い思いをする、といった事だと思います。

今は再婚する人も多い時代ですが、それでも、再婚自体に反対していたり、良いイメージを持っていない人も多いと思います。

なので、

再婚はしたけど、私は元いる子供(実子or継子もしくは両方)のために、子供は作りません!!!という事が美談。

になっている事もあると思います・・・・・・・・・(‘_’)スゴイー。

悪いこと(自分勝手に再婚)をしたから、せめて子作りはやめてその罪を償います…と宣言しているように感じてしまいます・・・(‘_’)ひえー。

私は、なんだか滑稽だと思ってしまいます。誰のための人生なんや?と思ってしまいます。

子供の親となった以上、親としての責任はあります。

でも、親の人生は子供のためのものではありません。そのかわり、子供の人生は子どものものです。そこを尊重しないといけないと思います。

子供の人生と親の人生と境目がなくなっているんじゃないか…?なんて思う人を時々見かけます。

確かに親になると、ほぼ子供と行動をともにし、親が正しいと思う価値観を子供に教え、ちゃんとした大人になってほしいと願って躾をします。

親の方が人生経験が豊富なので、いろんなことがすでに分かっているので、ありとあらゆるいろんな事を子供に教えたい、伝えたいと思いがちです。

そしてそんな作業をしていると、子供が歩む人生が、だんだんと自分が歩んでいるような錯覚を覚えてしまう事があります。

子供がテストで良い点をとったりすると、何だか自分の功績のように思えてしまったり。

確かに親のサポートがあれば、子供はどんどん伸びてくれます。だから、親の努力の甲斐あってってのはあると思うけど、子供の功績は子供の功績なんだと思います。当たり前の事なんだけど。

子供の結婚を反対する親も、子供の人生を尊重していないのではないかと私は思います。

自分のイメージするお嫁さんと結婚できれば、子供は幸せになれるという思い込みがあり、それを押し付けちゃうんでしょうね。

子供は自分の力で結婚したいほど愛する人を見つけて、その人といる事が幸せなのにね。

私は自分の人生を子供中心に捧げた人(または、自分の人生を子供のために犠牲にしたと思っている人)は、子供が自立しようとしたときに、本当に子供の人生を尊重できるのかなと少し疑問です。子供の人生と自分の人生の境目があいまいだと、同じような感覚を子供にも無意識に求めるのではないかと思うんです。

だから、私は親だけれど、自分の人生は自分の思いを一番大切に考えて、選択をしていきたいです。

でもその選択の中に、「子供に辛い思いをできるだけさせない」というものも含まれます。

自分が選択した結果、「子供に辛い思い」をさせる可能性があるのなら、それをしないように、または最小限にとどめるよう工夫や努力をします。それでいいのではないかと私は思っています。

もし私が継子の立場で、継母となる人から、

「私はあなたを実の子として可愛がり、愛したかったから、子供は作らなかったの」

と言われたり、その事実を知ったとします。

正直、重たいと感じると思います。その気持ちが私の場合は負担に感じます。

自分がいることで、継母や継父が実の子を抱くことができなかったなんて、本当に嫌です。なんだか取り返しのつかないことを自分はしてしまったのではないかと、自分を責めてしまいます。

もし、そんな選択をするのなら、私に知らせてくれるな、迷惑だ、とも思うかもしれません。

そんな事実を知ったなら、どうやって償えばいいんだろうと考えてしまうかもしれません。

もし再婚したけれど、経済的事情でセメントベビーを諦めるとか、忙しくて新しい赤ちゃんを迎え入れることが困難であったり、そもそも子供が好きではないから赤ちゃんを望まないとか、そんな親側の理由でセメントベビーを望まない、というなら、それはどこの家庭でも同じだと思うので、そういった選択は問題ないと私は思います。

でも、元々いた子供がかわいそうだから、さみしい思いをするから、という理由で子供を諦めるという考え方は私は好きではありません。

子供の時は親が用意した環境に身を置かざるをえません。そこが居心地が悪くても、子供の力でその環境を変えることは不可能ですよね。だから、親がしっかりして、子供にとって良い環境を作るというのは親の義務であるかと思います。

だけど、セメントベビーができたからといって、子供が本当に辛い思いをするとは限りません。

辛い思いをしないよう大人が工夫すればいいんです。

それに、セメントベビーに限らず、普通の家庭でも弟や妹が産まれれば、親は赤ちゃんの世話につきっきりになり、子供は少なからず嫉妬したりさみしい思いをするものです。

でも、そういった思いを経験して、成長することも確かです。そして、弟や妹に親がつきっきりになっても、自分の愛情が消えるわけではないと、子供は知っています。

そして、その子も赤ちゃんの頃はそうやって親からの愛情や注目を一身に注いできたんです。私は子供たちに「あなたたちが赤ちゃんの時もこうやって、いっぱい抱っこして、いっぱいチューしてもらっていたんだよ」と教えてあげました。子供たちは嬉しそうにしていました。

セメントベビーは子供たちにとっても宝物の存在になります。だってきょうだいなんですから。血縁関係のないものどうしの集まりですが、セメントベビーは皆と血がつながっている本当の意味で本当の家族にあたる人なのです。

セメントベビーができたことで、継子と実子を区別してしまうのではと心配する人も多いと思います。

何を心配する必要があるのでしょうか。当たり前じゃないですか。実子がかわいいのは当たり前です。

継父や継母にあたる人から、実親のような愛情をもらえない…これは当たり前の事なのです。なぜなら、実親ではないからです。

実親の愛情というものは計り知れません。そんな簡単に実子以外の子供に同じだけの愛情が湧くものではないのです。

だけど、あからさまに差別したり区別するのはよくないと思います。

それでも子供は感性豊かなので、さみしさや嫉妬の感情を持ったりするかもしれません。

でも、それは親が子供の性質を選べないように、子供も自分が親を選べないと同じで、仕方のない事なのだと思います。

私は自分が産まれ育った家庭が嫌いでした。貧しかったし、親は仲悪いし、父親はめちゃくちゃな人だったのです。でも受け入れて生きていくよりほかありませんでした。

それに、自分の容姿にもコンプレックスがあります。もっと違う顔で生まれたかったし、背も高くなりたかったです。

だけど、仕方ないのです。

親に、「喧嘩ばかりして、お父さんはめちゃくちゃで、貧乏で、私は辛かった!」と言ってみても、どうにもならないのです。

親に「もっと美人に産んでほしかった!背も高くなりたかったのに!」と責めてもどうにもならないのです。

どんなに嫌でも受け入れて生きていくしかありません。それが自分であり、それが自分が生まれ育った環境なのです。そして子供はそれを受け入れるより他に手段がないのです。

家庭が再婚家庭といった特殊な環境になった子供は実親のような愛情を継親からもらうことは多くの場合叶わないと私は思っています。

だからって、その子が不幸とは限りません。それもその子の人生においてのひとつの試練となるのかもしれないけど、誰にでも試練はあります。

私は継子に実子と同じような愛情は湧きませんし、夫も私の実子に自分の子供と同じ愛情は湧いていないと思います。でも、それって当たり前の事だとお互いが思っているし期待もしていません。

だけど、露骨に差別したりしないよう気を付けています。

上に書いたように子供は自分の育つ環境を選んだり変えたりできません。

だから、子供の気持ちを配慮する義務が私たち親にはあります。でも、それって、ステップファミリーとは限らずどんな親も同じだと思います。

ステップファミリーゆえに発生する問題や辛さももちろんあると思います。

そのことをきちんと知って、工夫して対処していこうと思っています。

セメントベビーが産まれたから、元々いる子供たちが不幸になったりしないと私は思っています。

だから、再婚家庭になったからと、子供に対して必要以上に大きな引け目を持って、新しい夫との子供を諦めるなんていうのは、美談なんかではないと私は思っています。

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