「継子を実の子と同じように愛せないなら、再婚をしてはいけない」という考え方について。継母には継母の愛情があっていい。

私の実子二人は夫にとって継子にあたります。

夫の一人の子供は私にとって継子です。

我が家には子供が4人いますが、セメントベビーの子供以外の3人の子供たちは、それぞれ実子であり継子でもあります。

世の中にはひどい事件がたくさんあります。ステップファミリーの継母や継父の問題が取り上げられることもしばしばありますよね。

そして、継母や継父と生活するにあたり、辛い経験をたくさんしてきた人たちが多いのも事実なのではないかと思います。

なぜなら、継親が継子を実子のように愛することが難しいことがひとつの理由にあると思います。

けれど、多くの再婚家庭は、事件に出てくるような家庭ではなく、他の一般的な家庭とそんなに変わらないのではないかと私は思っています。(そして歪んでいたり機能していない家庭は、再婚家庭に限らず存在しますよね。)

子育ては幸せなことが多いです。だけど、大変なことが多いのも事実です。

子供は親のいう事なんて聞かないし、自由で、やかましくて、部屋を散らかします。

そしてすぐに病気になるし、ケガもします。そのたびに心配して病院に通って、薬を飲ませたり薬を塗ったり…とってもとっても大変です。

病気じゃなくても、毎日ご飯を食べさせて清潔な服を着せ、お風呂に入ってきれいにして、歯の仕上げ磨きをしないといけません。

そして絵本を読んでと言われれば読んでやり、寝かしつけをします。

食事のマナーが悪いと注意して、悪い事や危ない事をしたら叱らないといけません。

良い事、悪い事をしっかり教えないといけません。

子育てって、やっていない人には分からないと思います。どんなに大変か。どんなに責任を感じて一生懸命育てないといけないか。

本当にやってみないと分からないと思います。

子供が乳児の時は、四六時中赤ちゃんに注意していないといけないのです。その意味を多分子育てをしたことがない人には分からないだろうと思います。

息をしているか?暑がっていないか?寒がっていないか?寝返りをしてうつぶせになっていないか?危なくないか?ハイハイをしはじめたら、何かを口に入れていないか?書いても書いても出てきます。

子供が小さいうちはほとんど自分の時間を持てないのではないでしょうか。それでも、母親は当たり前のような顔をしてそれら全てをこなしていきます。

でも、必死なんです。一生懸命なんです。簡単そうに見えても全然簡単ではないし、本当は一休みしたいと思っていても、子供のために自分の時間を使います。子供優先時計の中で生きています。

本当に大変です。

だけど、そこには愛情があるので、大変よりも子供がいる幸せの方が何倍も何十倍も大きいと私は思います。子供の成長がただただ嬉しく、元気でいてくれることを神様に感謝したくなるのです。

でも、これは実子に感じる事です。お腹にいる時から愛情を育み、産んでからは、どんどん愛情が湧いていきます。はじめは泣くだけだった赤ちゃんが、私の顔を見て笑い、私を探し追いかけ、抱き上げると心底安心したような顔をします。そうやって親子の絆や信頼を強く強くさせてきたのが実子なのです。

これは、私が実際に感じている事です。世の中にはきっと、実子と全く同じくらいの愛情を継子に注げる継母もいるのだと思います。だけど、私は違います。

これを読んでいる継子の立場の人がいたなら、とても悲しく感じると思います。

でも、あなたの継母は違うかもしれない。私と自分の継母さんとをどうか重ねないでほしいと思います。けれど、私と同じように思っている継母さんがいることもまた事実だと思います。

私は実子には何の努力をしなくても勝手に愛情が溢れ出ます。鼻の頭が汚れているだけで目を細めて「かわいい」と思うほどです。でも残念ながら継子にそんな気持ちは湧いてきません。

私の夫は賑やかなのが苦手な人です。本人は穏やかな性格で、子供のころから物静かだったそうです。だから、子供が騒いでいる声が苦手なのです。多分、継子が騒いでいる声は実子のそれよりもストレスに感じているのではないかと私は思っています。

夫と再婚したことで私は継母になりました。

継母になると、必ず言われることがあります。

「継子の事を実の子供と同じように愛してあげて」と。

そして、ネットなどを見ていても、このような事を書かれているのを本当によく目にします。

「継子を実の子と同じように愛せないなら、再婚をしてはいけない」

私は再婚したての頃は、同じように思っていました。継子の母親になったのだから、実の子と同じように継子も愛さないといけないと。でも、できないのです。

継子とスキンシップをとったり、いろんな話をしました。実子と同じように接しました。

実子と同じように接することはできても、同じだけの愛情が湧くことは一度もありませんでした。

継子は私の事が好きなようでした。今もそうです。継子は私の事を大好きだと思います。

でも、やはり、継子も私に対して実の親のような愛情は持っていないと感じます。私の実子が見せる絶対的な安心した顔、私を求める笑顔、心の底からの信頼。これは継子には感じません。当たり前ですよね。ずっと別々に暮らしていたんです。そして私は実母ではないのですから。「ママの事を本当のお母さんのように愛して」なんて求めるほうが馬鹿馬鹿しい事でしょう。

私たち継母と継子はどこまでいっても、実の親子のようにはなれません。そんな事は当たり前なのに、きっと誰も分からないんです。(実の親子のようになれている人もいるとは思います。だけど、そんな風になれなくて自分を責めてしまう継母が多いのも事実であると思います。)

小さな子供なんだから、可愛いのは当たり前。

子供に罪はないんだから、母親の愛情を注がないなんて、ひどすぎる。と多くの人は思うでしょう。

でも、いくら頑張っても実の子と同じ愛情が湧かないのに、どうしたらいいのでしょうか?と私はそんな風に思う人たちに問いたいです。そして聞きたいです。

じゃあ、あなたはできますか?

愛する夫のお母さんの事を、実のお母さんのように愛せますか?

愛する夫のお父さんの事を、実のお父さんのように愛せますか?

愛する夫の弟や妹、姉や兄の事を本当のきょうだいのように愛せますか?

大切でかけがえのない夫を育ててくれた父母です。大切な夫が大切に思っている兄弟です。

愛せて当たり前ですよね?と言われても愛せますか?

そして愛せないのなら結婚はしてはいけないと言われたら、どう思いますか?

義父母が介護の必要な方だったとします。

あなたは愛情を持って介護できますか?彼らは好きで病んだり年を取ったわけではないのです。そしてそんな彼らは夫の大切な両親なのです。あなたが愛している夫を自分の人生をかけて育ててきた人たちなのです。

あなたは愛情を持って、自分の時間を削って介護ができますか?

愛情を持って介護はできない。もしくは、介護はできない。と言った時、それなら結婚する資格はないと言われたら、どう思いますか?

私は継母に対して、簡単に「継子に実の子と同じような愛情を注ぐことが再婚する者の当たり前の責任」なんて言う人は何にも分かっていないんだと思います。

足が悪くて速く走れない人に、普通の人と同じように走れと言っても無理ですよね?

無理なんです。できる人もいるかもしれない。努力で普通の人と同じように走れたり、普通の人以上の速さで走れるようになる人もいるかもしれない。

でも、多くの場合はとても難しいし、相当な努力が必要だと思います。そして、努力しても無理なことが多いと私は思っています。

「継子を実の子と同じように愛せないなら、再婚をしてはいけない」という考えは、要するに、私や夫のように、子供がいて離婚歴があるものは、子供が大きくなるまでは再婚は許されないという結論になってしまうのではないかと思います。

そんなのは子供にとっても親にとっても幸せになる選択だとは私は思えません。

私は継母には「継母の愛情」があるのではないかと思っています。

継母に実親の愛情を求めるから、話がややこしくなり、いろんな人が傷つき苦しむのではないでしょうか?

継母自身も、実子と同じような愛情が湧かないことに戸惑い、自分を責める人が多いと思います。でも、愛情が湧かないことを責める必要なないと思うんです。

なぜなら、継母は継母として、その子にできることをしているのではないでしょうか。

私は継子に対して、実子と同じだけの時間を使っています。

料理を作って食べさせ、絵本を読んでやり、病気になれば看病をして、病院に連れていきます。爪が伸びれば切ってやり、一緒に風呂に入ります。悪い事良い事を教えてやり、一緒に散歩をして花の名前を教えてやり、数字やひらがなを教えてやります。

悪い事をすれば叱り、よくできればほめます。

私は実子のような愛情を継子に持っていません。だから、継子の成長を実子と同じようなテンションで感動して喜んだりしないけど、継母としてのテンションで喜んだり感動します。

私はずっと思っていました。いろんな人から「どうせ、継子なんだから、愛していないんでしょ」と思われているんじゃないかと恐れていました。

それに、継子に対して愛情が湧かない自分はひどい人間なんじゃないかと思っていました。

継子の母親は私しかいないのに、私は本当の母親のようになってやれなくて、ひどい人間なんだと思っていました。

でも、違うと最近思うようになりました。

継子は人との距離がうまくとれない子供です。初めて会う人にも頬をすりよせていったりする事があるのですが、された方は子供がすることとはいえ、戸惑います。

めったに会わない私の祖母に対しても、継子は顔を近づけていった事がありました。祖母はとても優しい人なのですが、一瞬戸惑い嫌悪の表情を見せました。

祖母にとっては他人の子供ですから、当たり前ですよね。本当のひ孫であったとしても、戸惑うと思います。

その時に私は、継子が祖母に受け入れられていない様子を見て、自分が傷ついているような感覚になりました。うまく言葉にできないけど、悲しくなりました。

その時に、私には私なりの愛情を継子に対して持っているんだと思えるようになりました。

それでいいのではないかと思えるようになりました。

継母は継母なんです。継母なりの愛情を持てばいいと思います。それが実子に対する愛情と比べてしまえば、全然違うものかもしれない。

でも、継母なんだから、継母の愛情しか湧かないのが当然なんだと思います。

そして、実子ではない継子を実子と同じように責任を持って育てているのだから、私は継母としてちゃんとしているのではないかと思っています。

あくまで私は実母ではないんです。継母なんです。

もしこれを読んでいる人で身近に継母さんがいて、「あいつは実子と同じように継子を愛していないんじゃないか?ひどいやつだ」なんて思っている人がいたなら、じゃあ、あんたは血のつながらない子供に対して実の子と同じように子育てができるんかい?と言いたいです。やってから言いやがれ!と思います。

子育てって、自分の時間を削られますよね。自分の時間って、要するに自分の人生そのものなんですよ。継母は自分が産んでいない子供に対して自分の人生を削って、子育てをしています。それは夫の子供だからです。そして、再婚をして自分の子供になったからです。

私は継子に対し、子育てをしているのなら、それでいいのではないかと思います。それで十分やっているんじゃないでしょうか。実子と同じような愛情を求められても、無理なのです。責めないでほしいです。継母は実子と同じだけの愛情を継子に注ぎませんが、ちゃんと子育てをしているのならそれでいいんじゃないでしょうか?だって、子育てって本当に本当に大変なんです。毎日が大変なんです。それをしているだけで、いいんじゃないでしょうか?

継母は継母なりの愛情や親しみを継子に持っています。それじゃだめでしょうか?継子が苦手だと思っている人もいるかもしれません。継子に対する嫌悪が湧くことがある事も自然な感情だと私は思います。だって、前妻と顔や性格が似ているかもしれません。生活環境が違っていたのだから、考え方や生活の仕方が違っていて、嫌悪感やストレスが起こるかもしれません。

それでも、嫌悪感を隠して子育てしているなら、いいのではないでしょうか?

我が家はお互い、継親であることを自覚して、そこから目をそらさず認めています。

できないことを求めたり、できないことを責めても何にもなりません。本当の愛情は実親からもらえばいいのです。継親は継親なりの愛情を持てばいいのではないでしょうか。

大人として子供をちゃんと育てていけばいいのではないかと思います。

もし、私と同じように継母で、実子と同じような愛情が湧かないことで自分を責めている人がこの記事を読んで元気になってくれたらいいなと思います。

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